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ポートレート
2005年06月30日 (木) 23:33 * 編集
20050630225649s.jpg♪髪を~すこし~みじかくした~

今日は美容室にいった。いつものカペリっていうところ。
毎回そこの店長さんに切ってもらってるんだけど、だいたいカットのその間もう笑いっぱなしですごく楽しい。しんどい話もいい感じに笑い飛ばして聞いてくれる。そんなことなかなかできることじゃないよね。なんか切り終わるのが惜しいくらい楽しくて、もちろん仕上がりもお気に入りで、いつも「今日ここ来てよかったなー」って思わせて帰らせてくれるお店。ここに行くとしばらく元気になれてる。それを伝えたら「そんならしんどいときはいつでもうちにきてくれたらいいじゃないっすか!」(ひょんなことからわたしの病気の話になってた)って言ってくれて、たとえ営業だとしても(たぶんあの店長はぜんぜんそういうんじゃないと思うけど)うれしかった。ほんとこの美容室大好き。
ああいう、たとえ短時間でも話してて人にほんとの喜びを与えられる人ってすごい。なんかわたしが言うのもへんだけど、あの店長はなるべくして美容師になったんじゃないかなーとか勝手に思ってる。「髪を切る」っていう、人のごく日常的な、ごく自然なちょっとしたことによろこびを与えるしごと。
ほんまに素敵やなあと思う。

カペリおすすめだよー。
ぼくらなら
2005年06月29日 (水) 23:54 * 編集
通院の日。
わたしは依存性が高いといわれた。
人間に対してだけでなく、薬や病院の先生や・・・ありとあらゆることに対して。音楽も一種の依存だろうなぁ。
恥ずかしいからできれば否定したいけど、今の状態はとてもじゃないけど「依存してません!」って言える状態ではないので納得した。
「自分で考えなさい」
「人生は苦労して当たり前なものです」
たしかにそうだ。でも今日主治医にいわれてはっとした。
わたしは何件か病院をハシゴして、今の病院にたどりついたのですが、今の主治医はわりとずばずばものを言ってくれる人で色んなことの説明をわかりやすくしてくれるからすごく信頼している。
この人についてったらきっと治る!
なんかそう思ってる。

甘えや依存はときには必要なことかもしれないけれど、度を超えたら必ず自分の毒になる。

自戒の念を込めてここに記しておく。
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Paces
2005年06月28日 (火) 23:59 * 編集
ああもうほんと、こういう病気って3歩進んで2歩下がるっていうの間近で見てきたつもりやったけど自分がそうやとほんまつらい。
昨日一昨日までは元気やったのに今日になったらちょっとしたことで落ち込む。
悲しいけど周りから見たら何やってんだアイツって思われても仕方ないんやろうな。
それでもいつも心配してくれて気にかけてくれて話しかけてくれる人の存在はすごくありがたい。幸いそういう人が何人か周りにいてくれてることはすごい救いだ。
まだまだ疑心暗鬼で他人と会話してることも多いけど、信頼して今こんなふうにつらいのってことを話せることができる人ができつつあるのが嬉しい。でもそれに甘えててはだめだ。

今日は気分がめっちゃ悪くて合奏中もほとんどソファで横になってて、どんどんかっこよくなるみんなの演奏をきいてすごく悔しくなった。最後のほう、起き上がれるようになって合奏に合流したけど少しも満足できるふうに吹けなくてめちゃくちゃ悔しかった。とくにソロなんて2番テナーのくせにぼろっぼろだったし。
自分のソロのせいでみんなの演奏の質を落としてると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。(ほんまはこんなとこに書かないで直接謝りたい。勇気が出なくてできなかったけど)
それもやっぱり、口で謝ることよりも演奏で返していくことがいちばんの説得力だからいちにちもはやくいい演奏ができるようになりたい。それでも焦らず基礎は大事に。難しいな。
悔しくてあんなに大泣きしたのは恥ずかしながら初めてだった。
いつまでも病気を理由に逃げて甘えてばかりはいられない。
だってわたしはRUSHの2番テナーだもの。
病気がなんだ!わたしはフルバン大好きなんだ!うおー
ライブもたてこんでるし、くすぶってる暇なんてほんとはない。


今いろんな人に支えられていることをひしひしと感じている。
これをばねに明日からも吹いていこう。
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巡りあえたね
2005年06月28日 (火) 01:33 * 編集
20050628003928s.jpgボディショップのビューラー。
わたしのまぶたのカーブにぴったり沿ってくれる!
今まで使ってたシュウのビューラーも好きだったけど今日からはシュウは残念ながら2番手だ。
まぶたのカーブって人それぞれだからぴったりくるの見つかるまでは大変だあね。
風待ち
2005年06月27日 (月) 23:05 * 編集
今日はやっとわだかまって気になってたあの子とすこしだけど話すことができた。
「段階踏んで!落ち着いて話し合え!」って周りから念を押されていたからあまり深い話まではしないようにしたけど、それでも、方向ややり方は違うけどお互い思い合ってた方向や悩みは同じで、最後には笑い合って「お疲れ!」って言えた。
わたしたちの話し合いが建前同士じゃなかったこと(少なくともわたしは本音だった)、相手が笑ってたこととわたしが笑ってたことが心からのことだったらいい。
っていうかきっと今日はそうだった。そんなふうにあの子と話せたのは何かものすごい久しぶりのことのように感じたから嬉しかった。
今まではぎこちない壁のあるふうにしかその子と話せなくて、それは多分むこうも感じてたことだと思う。夜家に帰ってひとりで思い出しては「本音で喋ってくれない」って泣いてたこともあったけど、それはきっとわたしの被害妄想も入っていたと思うけど、あの子も感じていたことだと思う。

早くあの子と本気で信頼関係を築くことができるようになりたい。
もちろんあの子だけじゃなくてバンドのメンバー全体と。

話し合いが全部終わったら、わたしの家に泊まりに来て、ピザでもとってお酒飲んでJAZZききながら色んなこと語ろうよって約束した。
その約束が今のわたしの救いになったし、あの子にとってもそうだといいと思う。
今日話したことが全部本音だったって信じたい。ていうか信じてる。
わたしたちが音楽でバトれるのも、そんなに遠くない出来事のように思えてきた。

おっきな一歩を今日言えたと思う。
その日、三十度以上
2005年06月26日 (日) 23:59 * 編集
※今日の日記は長いです。

ハードスケジュール。
9時半には福永楽器に着きたい。
11時には神戸ハーバーランドに着いてイベント見まくりたい。
イベント終了後は大阪戻ってキディランド行って、ハービスのJEUGIA行ってタワレコ行って京都戻ってごはん食べて帰宅。
9時半に福永に着くためには7時半には西院を出なければならない。よって起床時間は最低6時半。

見事こなしました(つД`)

福永では、ネックの凹み、上タンポのツバ漏れ、低音域のキーの重さが気になっていたのでそこ中心に見てもらった。今は吹奏楽のコンクール前の時期で、楽器やさんはテンテコマイみたいだから当然預かりを予想していたが思った以上に修理は迅速に行われた。おじさんありがとう。

やばいと思ってたネックの凹みも「これぐらいなら問題ないよ。どうしてもって言うならこっち(店ね)が空いてから持っておいで。それぐらい大丈夫」なーんだ。でもこれ以上凹みをつくらないように大切に扱おうと決心。上部タンポのツバ漏れは、たまたまわたしの吹き方でのツバの通り道がタンポのほうを通っているだけで、タンポ自体には問題ないとのこと。ただやっぱりツバとりちゃんとしなきゃタンポのいたみは早まるからこまめにツバをとることを薦められた。低音部に関してはわたしの小指が極端に短いためにキーを全押ししたときにCのキーがよく浮いた状態になるのを補正するために、キーの位置を少し変えてもらった。そんなことあんな短時間でできるなんてびっくりしたわ。それ以外にはとくに問題もなく吹ける状態であるとのこと。ヨカッタ!!
預かりを見越してテナーを持ってきたのに預かってもらわずにすんだため1日じゅうテナーを持ったまま移動するはめに・・・。よかったんかなんか・・・。
(テナー持ち運んだ人にはあんまりピンとこないかもしれないけど、あれ持ち運ぶのかなりきついんです。楽器そのものの重さとケースの重さで、肩がやられます。もうピッチャーは無理です。)

それから本日のメインイベントの神戸のアマチュアビッグマンドのイベントへ。私たちが到着した頃には客席はほぼ満席で、人の隙間をぬってようやく席を確保。が、久々に見たダンディーデュークスのおかもとあいさんとどうしてもお話がしたくなり、ひとり席を離れて必死にあいさんを探す!会場内をぐるぐるまわっているうちにあいさん発見!まだメンバーの方とお話してる状態だったのですこし離れて話しかけるタイミングを伺っていた(かなりあやしかったと思う。)話が途切れたと思われた瞬間「今だ!」とばかりに背後から肩をたたいて
「あのう、おかもとあいさんですよね?わたし今RUSHでテナーやってるものなのですが・・・」と話しかけた。今思えばこれも相当あやしく、あいさんも引いていたと思う。しかしあいさん持ち前の(?)愛想のよさで快くわたしと少しの時間お話をすることを承諾してくださった。
あいさんは、わたしの4つ上の人で、わたしの存在を知らなかったわけなのだが、わたしは入部当初「あんたみたいにフルートしかできないで入ってきて、それからバリバリアルト吹いて卒業して、今も社会人フルバンでバリバリやってる人もいるんだよ」という話をよく聞かされていたので、一方的に親近感を抱き(迷惑だな)いつか話してみたいと思っていた憧れの女性だったのだ。
あいさんは細くてかわいらしくて美人でおしゃれで気さくでもうなんちゅうかこの人に惚れない男は男ちゃうやろとわたしが勝手に思っているような人だ。
わたしもフルートで入ってきてサックスやってるけど最近RUSHに入ってサックスの練習に悩んでいるというわたしの悩みにとても感じよく答えてくれてかなり勉強になった。心に残ったのは自分の理想の音をとことん追求すること・負けん気とRUSHに誘われた自信をもつこと。どっちも最近の病み闇で忘れかけていたことだったので大変参考になった。ほかにもコピーの重要性なんかを熱く語ってくれて、さらにプロで立派に活躍されておられる同じくダンディーデュークスのメンバーでもいらっしゃるテナーの栗田さんを紹介してくださった。やはりその方もJAZZYなアーティキュレーションを身につけるのはコピーが一番の近道であることをおっしゃっていた。それでジョージ・コールマンやジョー・ヘンダーソンの吹き方なんかが参考になるからいちど聞いてみるといいよと具体的なプレイヤーの名前も挙げてくださった。(ちなみにわたしの敬愛するグリフィンやゴルソンは一蹴された。まぁ好みもあるんだろう、と思っておく。)
コピーの重要性なんかは今年のRUSHが始まった頃からコンマスが口をすっぱくして言っていたことだから今更実感したと言ったらコンマスに失礼だが、今日のふたりのお言葉でかなり活路を見出せたように感じた。あと努力を始めるのに遅すぎるということはないということ。
もしこれを読んでくれてるD軍の子がいたら、わたしみたいにD軍に悔い残しまくったまま終わったふうにならないようにできるだけはやく実行してほしいと思う。
普段滅多に知らない人に自分から声をかけることをしない(というかできない)わたしにとって、あいさんや栗田さんとお話できたことは、それ自体がすでにわたしの「やればできるんだ」魂に火をつけたのでほんとうに満足している。
一生懸命話そうとしてる人に対して、相手はそれ相応の答えを返してくれる。それを感じたことも嬉しかった。握手してくれた栗田さんの手の大きさと暖かさも忘れない。

あとフラフラしてた私はあの偉大な先輩ひろさんともたくさん話をすることができて、わたしの病気についてもかなり理解を示してくれて嬉しかった。今日ひろさんにはいろーーーんな事情でものすごく迷惑をかけてしまったのだが、そのお礼は夏合宿でひろさんと再会するときに、今よりも前に進んでいることでお返ししようと決心した。

ほんとうわたしは、まわりの人に恵まれている。
実感したのがこんな遅くて恥ずかしいけど嬉しかった。

今日話した人へのお返しや、今わたしのまわりにいる人へのお礼は言葉よりも態度で示していくことがいちばん説得力のあることだと思っている。
大好きな音楽と離れないためには音楽に大好き度をどんどんアピールしなければならない。

今日のハーバーランドでの出会いはかなり大きな転機になった。
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パブロフドッグとハムスター
2005年06月25日 (土) 23:19 * 編集
わたしがぼーんやり過ごしているうちにいつの間にかあのロイホのライブから1週間が経っていた。
メンバーも楽器にも申し訳ないけど1週間全く楽器に触らなかった。

それでも楽器はわたしの息に反応しれくれる。

音の良し悪しはまったくべつにしても。

楽器に感情があるのかどうか、そんな話は今はどうでもいいけれど、わたしの荒みきった息を入れても音を出してくれる。

それだけで今日はじゅうぶん満足だ。

満足の度合いが低すぎるのはわかる。(そういうツッコミは今はきかん)

でもあの子は健気に私の息に反応してくれる。

楽器っていいわぁ。


手のひらの上
2005年06月25日 (土) 03:39 * 編集
キャパ以上のこともとめられつづけたとき、ひとはこわれちゃうんやね。
やっと気付いた。

まだいまから治っていけるよね?
スロウ
2005年06月25日 (土) 03:12 * 編集

遠く離れてくようで無理に語りかけてみて答えを待っていた
聞こえていた歌、重ねてみたりして

仕事帰り(8時くらいかな?)車をぶっとばして三重から京都に父親がきた。彼のおそるべき方向感覚により、到着時間は予定より30分程遅れたが想定の範囲内だ。
特に説教をたれるわけでもなく、ただ御託を並べるためでなく、純粋にわたしに会いたくて仕事で疲れてるのに往復4時間かけてひとりで運転してきた。なんかもうたまらない。なんでそんなにばかなのうちの親。母親だって京都観光したいって理由つけてわたしの顔見にくる。そんなことされたらいっしょうけんめいはりつめて強がってきたことがすべてふきとんでしまう。普段は見ないようにしていた、弱い自分を真っ向から見てしまう。そんな弱い人間を見て、親は決してなじらない。何もいわずに頭をなでて抱きしめてくれる。涙がとまったら笑ってくれる。親の愛ってほんとうに無償だ。有償だとしたら、感情を隠さないことかな。
今日父親にいわれたことでいちばん心に残ったのは

「無理して笑わなくていい。親の前で笑ってることがいちばんの親孝行ってことばもあるけど、すくなくとも父さんは、お前が気を使って笑っているところを見るのはつらい。それなら父さんの前で大泣きしてくれたほうが父さんは嬉しい。」

親の前では笑ってなきゃってずいぶん長い間誤解してたわたしにとってすこし意外な言葉だった。とくに無理して笑っていた時期や記憶はないけれど、親の前ではなるべく元気にふるまおうとしていた。でもそれより、親にとっては、親の前でこどもが感情をさらけだす(言ってみればこどもらしくなるってことかな)ことがいちばん安心なんだって。

高校生くらいのときは父親とふたりで話すなんて何したらいいのって思ってたけど、話したいこと、聞いてほしいことがたくさんあふれて、結局2時までいてもらった。
父さん明日仕事なのに。順調に帰れても4時だよ。
なのに会いに来てくれた。

わたしは愛されている。
マスカラ
2005年06月24日 (金) 16:58 * 編集
20050624162247s.jpg誕生日プレゼントに自分で買った。
どっちもヘレナで。
左がスパイダーアイズマスカラベース
右がヴァティジニアス108ウォータープルーフ 黒
わたしのまつげはへなへなで、細くて短くて少なくて下向きに生えているのでマスカラは必須アイテムである。BAさんにすら「まつげほっそいですねー」といわれるぐらいなのだからけっこう珍しいぐらいの細さなんだろう。

使用感であるがのこのベースはわたし的にすごくいい!つけてるときになんかぼてぼてになりそう・・・って感じだけど、マスカラを重ねると優秀!長さもボリュームも素敵上品に出てる(はず)。ヴァティジニアスのほうは普段使ってるブルジョワのパンプアップザボリューム(いわゆるDカップマツゲの広告のやつ。大のお気に入りでもう5本目くらいでリピートしてる。)のカール力には敵わないかな。でも発色が上品な感じがしてそれはそれでお気に入り。ブルジョワを先にうすくつけてヘレナをのせるのもありかなーと思う。あー新しいアイテム買うとテンション上がるわ。
私も女の子だわ
永遠の隙間
2005年06月23日 (木) 23:33 * 編集
今日はBEN WEBSTERをいちにちききながら寝たり起きたりぼーんやりしていました。
特に危険思想も持ちませんでした。
筋肉が衰えているのかすこし動くだけでヨタヨタします。

明日は夜お父さんがきます。
お父さんとサシで話すのなんでむっちゃ久しぶりなのでちょっと緊張します。でも会えるのは楽しみです。
続・会いにいく
2005年06月22日 (水) 23:14 * 編集
観光とわたしの様子見を兼ねて母親が京都にやってきた。
あじさいが見たかったので三室戸寺に、あとはなりゆきで平等院に。三室戸寺のあじさいはみごとだった。青・紫・ピンクのあじさいが境内じゅうに咲いていて感動だった。梅雨生まれだからか知らないけど、あじさいの花は大好きだ。数年ぶりにかたつむりも見た。花はいいよね。心があらわれる。

それから平等院の表参道であやしげなおみやげものやさんに入ったら、やけに話し好きな(でもなんか見た目病んでる)おばさんと3人で色々話し込んだ。だいたいはおばさんが娘の子育てに悩んでるから、うちの母親が歳の近いこどもを3人も育ていることをすごいすごいという話からはじまった。私は娘の立場でおばさんと母親の会話をきいていたのだけど、まさに親の心子しらず・子の心親しらずというか・・・。お互いのことを思いあってることには(中には愛情以外の感情を持っている家族もいるだろう)ちがいないのになかなかわかりあえないから苦労する。それは年齢の差・経験の差だけにはとどまらないように思う。たとえば母娘なら同性としての感情、健康に育ってくれればいいという建前と、ふとしたときにでてしまう「できればデキル子に育ってほしい」という矛盾。わたしは親になったことがないからわからないし、二人の会話をぼんやり聞きながらの想像だけど、親と子の間には愛情だけでははかれないもっともっと複雑なにかが存在しているんだろうなあと思った。

小さい頃は親が絶対的な存在で、逆らうことは許されないとおもっていた。それでも、だんだんと高校卒業から家を出るくらいになって、ほんとうは決して親は完璧な存在ではないということに気づいた。完璧だと思っていた親も、疲れて八つ当たりすることもあるし弱気になって泣くこともあるし子供への接し方は決して毎日一定ではない。そのことに気づいたから親に失望したのではない。わたしはそのことに気づいたからこそ、親をいっそう信頼するようになったし、人間的に信用できるようになった。
こどものことをずっとそばに置いておきたい、こどものことはなんでも把握できなければならないという親もたしかにいるが、それは子離れできていない言い訳なんじゃないの?と思う。わたしは親になったこともないしたくさんの親を見てきたわけじゃないからうまく言えないけれど、こどものことをすべてしっておきたいのと、純粋にこどもの心配をするのとは全然違うんじゃないかなーと思う。
こどもが親のこと信用するのが当然なように、親もこどものことを信用する努力をしてほしい。
たしかに今わたしは親の経済力やその他もろもろによって生かされている。でも、今を生きているのは親ではなくわたしなのだ。
どっちに転んでも責任を親に押し付けることをしてもいい年齢はもうさすがに過ぎてるんじゃないかなあ。

こどもの戯言ですかね。
会いにいく
2005年06月22日 (水) 19:35 * 編集
20050622131445.jpg

20050622124336.jpg

20050622153858.jpg


上・三室戸寺のあじさい
中・おなじく睡蓮
下・平等院鳳凰堂

画像のレイアウトのしかたがわからないとです・・・・・
ミスフライハイ
2005年06月22日 (水) 03:07 * 編集
いっしょうけんめい話したら相手も理解しようとしてくれること
あせってもうまくすすまないこと
時間をかければ歩み寄れるかもしれないこと

当たり前のことかもしれないけど今日5人の仲間に気づかせてもらいました。
なんだか希望が見えてきた。

ありがとう。

22歳になりました。
ふれていたい
2005年06月21日 (火) 22:01 * 編集
20050621214923.jpg

妹が誕生日プレゼントに送ってくれました!
左がリラックマ、ちっさいのがコリラックマのコンパクトミラーです。
このぬいぐるみ、なんていうんだろうソフトボア?でできてて、くったりしていてめちゃめちゃさわり心地がいいのです。(今も膝の上にいる)大きさは30~40cmくらいかな。抱きしめて眠るとちょうどいいんスよこれがまた。ミラーは、以前店先で買おうか買うまいかめちゃ迷って、勇気が出ずに結局買わなかったものなのでこれもうれしいです。

ちなみにわたしの誕生日は明日6月22日なので。
こんな人間でも22歳になってしまうんですね。神様って罪です。
アンチ・ハレルヤ
2005年06月21日 (火) 12:27 * 編集
こんなにもよくできた、最新鋭のコンピュータなんか比べものにならんほど精巧で繊細なつくり。
でもたった一瞬使い方間違えただけで簡単に壊れる。

それが心。
メンテが難しいのがこまりもの。
壁の星
2005年06月21日 (火) 01:37 * 編集
ふざけんなふざけんなふざけんな

気の持ちようでどうこうできなくなってるから薬に頼ってんだよ

だいたい気の持ちようって何?

そんなんで上向きになる感覚なんてとうに忘れたよ

誰だってそんなときあるよって何?

じゃあ、

お前は毎晩毎晩「朝がこなければいいのに」と思ったことあんのかよ

朝が来て、「ああまた朝が来ちゃった、まだここに生きなきゃいけないんだ」って思ったことあんのかよ

毎日24時間自分が消えたほうがいいと思って生きたことあんのかよ

自分の肌に刃物当てたことあんのかよ

それでもわたしは怠け者ですか?

生きるのがこわいと思ったまま、毎日あなたと顔をあわせれば満足ですか?

強く生きるってなんですか?

弱い者はそこにいてはいけませんか?


べつにせかいでいちばんわたしが不幸だなんて思ってないよ。
ただなんでそんな相手のこと何もわかってないくせに平気でそんな台詞吐けるのかわかんないよ。
疲れた。強く生きるのが美徳だなんてもう思わないよ。
優しい人がたくさんいること知ってる。
味方になってくれる人もいる。
それでもこんな暴言ばっかり常に頭に持ってるわたしはやっぱり甘えてるんでしょうか。
わたしはこれ以上何を求めたいのでしょうか。
11%MISTAKE
2005年06月20日 (月) 23:08 * 編集
昨日は甲南大学さんと対バン@ロイヤルホース(とってもおしゃれなJazz Bar)だった。

のですが。

わたくし、生まれて初めて過呼吸というものを体験してしまったことしか正直記憶にない。
リハ前、ステージ終わる直前、まじでもう死ぬのかと思った。でもステージで死ぬとかいけてるやんってほんっとちょーっとだけ思った。
とくにステージに上がる緊張に極端に弱い自覚もないし、すっごい無理して楽器吹いてるつもりもなかった。(ただこのところのビョーキのせいで実際楽器に触ってた時間はめちゃめちゃ短かったしマッピ替えたばっかりってのはあったけど)だからリハ前に過呼吸になったときはほんとうに何がなんだかさっぱりわからなかった。あ、これが過呼吸なんかなって思った時点で経験者のともだちを呼んで介抱してもらったらどんどんラクになっていって、あ、これが過呼吸だったんだ、と思った。人がそばにいてくれるって安心だね。
ライブ後再び過呼吸になったときは、歩きながら倒れる(転ぶではない。転ぶのはしょっちゅう転んどる。)という貴重な体験をすることもできた。あれなんだったんだろほんとに。
迷惑かけたメンバー、およびたまたまトイレに居合わせてしまったとくに無関係のお客さんと顔合わせるの恥ずかしいですほんとに。それでも明日はやってくるのね。

というわけで、甲南の演奏を見ることができなかっただけでなく、自分の演奏すら殆ど記憶にないという酷い、いちおうでもRUSHのメンバーなのにやるせないライブをしてしまいました。もうしないようにします。プレイヤーとしても酷いと思います。酷いってか失格もんです。でも楽しかったような記憶はちょっとだけあります・・・。ごめんなさい。でもこわくて録音聴けないです。
それでも無責任にもほどがあるので大反省の大迷惑です。
気だけはいつでもしっかり持っておきたいものです。

反省の多すぎるライブでした。
それでも
2005年06月19日 (日) 08:01 * 編集
悶々としてお薬を飲んでもうまく眠れなくて、M井氏に電話をしたらどんどんエキサイトして(ほんとにごめん)ふたりで早朝の散歩に出かけた。
のぼりつつあるオレンジ色の太陽がきれいで、午前中の空気の中にいるのは久しぶりだなと思った。すずしくてあかるくて気持ちがいい。今は帰ってきてお風呂に入って髪を乾かしたところだ。
あと30分したら『ふたりはプリキュアMax Heart』を見てから学校に行くつもりだ。

私たちは蚊の多い鬱蒼とした公園のブランコに座って話をたくさんした。わたしが同じことばっかり繰り返し言っててあの人は眠かっただろうけど、同意したり否定したりしてくれた。
当然の会話のやりとりがうれしい。

体にも心にも傷をつけて平常心を保とうとしているわたしは、同情ひきたい病なんだろうか。
鬱なんだって言ってすべて許してもらったら負けだ。
勝って許さなきゃ、じぶんを。
それしかたぶん今すすむ道は思いつかない。

あの人は不思議な力をもっている。

何を話せば
2005年06月19日 (日) 02:47 * 編集
今日は人と色んな話をした。
傷つく話もしたし、音楽の、楽器の話も生活の話も家族の話もたくさんした。
人に伝えたいことをうまく話せないわたしだけど、親身になってわたしの話を理解しようとしてくれる人が親やあの人以外にもわりと身近にちゃんといることがわかった。自分で壁や敵をつくりすぎてたのかな。友だちってこういう人のことを言うのかな?

ほんとうに伝えたいことを、自分の言葉でじょうずに伝えられるようになるまでには、もうすこし時間がかかりそうだけど、落ち着いたら話して分かり合いたい人がいる。
とっかかりが難しい気がして、今はまだ勇気が出ないけれどその人とほんとうの意味で一緒に音楽をしたいと思う。
どうしても合わない性格ってぜったいあると思うけど、少しずつ歩み寄ることならできるだろう。わたしたちには少なくとも、アプローチの仕方それぞれ違うかもしれないけど、共通の目標がある。

敵意はくるしいエネルギーがたくさんいるからあんまり持ちたくない。
いまのわたしは、ほんとうに考えなければならないところについてあの人のおかげで楽観的な気持ちを持ちすぎたのかもしれない。
でも人を信用して話せること、すこしだけわかった気がした。

今日はライブ。
こんな状態だけど、音楽をすることを好きだと思う気持ちはぎりぎりの線でわたしを大きく支えている。
こんなに好きなんだよってことが少しでも伝わるような演奏を今日はしたい。
坂の途中
2005年06月18日 (土) 01:22 * 編集
20050617233656s.jpg三木楽器にて、ついにリンクのメタルのマッピを購入。
最初はネックを替えたくて行ったけれど、ヤナギサワのブロンズのネックでは、どうもわたしの吹き方では下品に広がった鳴り方になるとお店の人に指摘していただき、ネックは替えないままマッピを替えることにした。5種類くらい、ネックをとっかえたりマッピをかえたりしてもうワケワカンネーヨ状態になって、最終的にはM井氏にききくらべてもらった。そこで「ベイシーの2番っぽいよ!」ということばに気をよくしてこのマッピに決めたわけだ。
とりあえず自分の音色について気にしていたことが、このマッピを使うことで解消されるような気がしている。気がすることは今は大事かなーと。当面の目標は「小粒でもピリリと辛いソロ」、ゆくゆくはおおきな朗々としたプレイができるようになりたい。グリフィンが好きなの。朗々はなんか違うのかな・・・。歌うように吹きたい。
マリーのサウンドトラック
2005年06月17日 (金) 07:01 * 編集
文化パルク城陽にライブを見に行った。
「ジョー・ヘンダーソントリビュート」と銘打って、目玉でゲイリー・バーツが来日する予定だったが、急病で急遽変更。もう名前忘れた。なんとかマホーンという人でした。わたし的にけっこう好きな感じのプレイヤーだったと思うけど、全然吹かない。トラだから?そのへんの事情はわかるはずないけど・・・ほとんどオルガンフィーチャーみたいな感じで、全然ジョーヘントリビュートっていう印象は受けなかったなぁ。少々期待はずれでした(お隣で見てた人は爆睡だったし・・・)

帰りはももじろうで音楽について色々語り合った。
めずらしくお酒をたくさん飲めたからたくさんしゃべれた。
「JAZZってもっとこうさぁ、こういうふうにしたいんだよね、部として。」みたいな話を延々としてたけど、今の私にはその楽器の技術も根性も足りない。(技術は根性でカバーか。根性論は好きくないけど。)もっともっと吹きたい。吹くのは大好きだ。へたっぴぃでも、吹いてる瞬間に少なくとも不幸だと思ったことはない。ただいつも楽器がわたしを悩ませるけど。

お酒が入っていたせいもあるかもしれないけど、わたしの思ってることとかもたくさんきいてくれて満足して、側転したいような気分で岐路に着いた。

家に帰ってからは何故か「このCD熱いよ」談義に花が咲き、うんうん、ここんとこトリハダもんよねとかもう聴いてて涙出てくるよとかいうのから、よくわからん、こんなんばっか聴いてるから鬱になるんちゃうかみたいな曲まで色々聴いて、気づいたら4時だった。あほだ。
でもなんか久しぶりに楽しかった。
OD
2005年06月16日 (木) 16:23 * 編集
こんなこと書いたらいよいよ頭のおかしい人のようだがそれはうすうす自覚しているので、せっかくだから日記に残そうと思う。

昨日の8時ごろもう何もかも嫌になって死んでやろうとは思わなかったけどしばらく人に相手にされるのもするのも嫌で、2~3日意識がなくなったらよいのではないだろうかという気分になった。(もちろんその間に地球が滅亡していたらなおよい)
そしてわたしは、精神科でもらったいろんな薬20種類強をえーいとアルコホオルで流し込んだ。もちろんこれくらいじゃ死にもしないし救急車のお世話にならないことも調査済みである。繰り返し言うが、私に自殺願望なんてミジンコほどしかない。
そのまま薬が素敵にきいてきた私はいい気分で眠りについたっぽい。ちゃんと着替えてたし。
ただ相方のM井氏に「ぽてとちねぴがたべたち」という謎のメールを送りつけ、練習後に心配してうちきてくれた彼に対し「ぽてとちっぷぽてとちっぷ」と言っていたようだ。あとI氏にも謎の着信履歴を残したりして、多大な迷惑をかけてしまった。今は反省している。ほんとに。

処方薬はきちんと飲みましょう。
これだけで社会の信用(そんなもの元々ないが)失墜は必至です。

あと今日になっても薬が抜け切らず、トイレに行くにもベッドから転げ落ちたり(鼻の下に擦り傷ができた)ジュース買いに行ったら階段ですべり落ちたりとなかなか不自由である。
現実逃避は健康的に行うのがいいですね。
これから城陽パルクにライブを見にいきますが辿り付けるのか少々心配です。
光について
2005年06月15日 (水) 23:44 * 編集
少しはこの場所に慣れた
余計なものまで手に入れた
イメージの違いに気付かなかった…
人の流れ眺めながら時計をこの目で確かめるが
溜息の向こうで誰かがいつも手を振っていた
そうきっと急ぎ疲れたんだほんの少し
情熱を抱えたままで待ってるのか?
なにもかも全て受け止められるなら
何を見ていられた?
涙が流れて伝えなかった言葉を
空に浮かべていよういつも・・
いつも心はただそこにあった。

はじめてきいたときはさっぱりわかんなかったけど、今ならすこしだけわかる。

JAZZが好きで好きでたまらなくなる前、邦楽で最後に好きだったのがGRAPEVINEだ。何度かライブにも足を運んだし、CDも出れば買いあさってたし、ヤフオフでレアグッズを探してさまよったりもしてた。
いつからきかなくなったんだろう。今でも名曲揃いで、ききたい曲はたくさんあるのに、一時の衝動で全て売ってしまった。一部実家にあるかな?
何か底抜けに明るくないところ、無駄に深いところと、たまに出てくるやけにキャッチーなメロディと田中のうたいまわしが好きだ。今でも持ってる人いたら貸して欲しいな。
RHAPSODY IN BLUE
2005年06月14日 (火) 23:46 * 編集
586s.jpg今きいています。高校生の時大好きだった曲。今も好きだよ。
作曲はジョージ・ガーシュウィン。
JAZZのスタンダードのサマー・タイムとかポーギーとベスとかアイ・ガット・リズムとかでも有名な作曲家である。
このラプソディー・イン・ブルーはオーケストラで演奏されていて、一応クラシックに分類されるのかな。でもJAZZ的要素がたっぷりだと思う。
久しぶりにひっぱりだして聴いてるけど、すごい発見がいっぱい。
こんな自由で広がりのある曲、ジャンルにとらわれずともめちゃかっこいい。
クラシックは吹奏楽をやっていたころに少しかじった程度でほとんど詳しいことはわからないから超個人的な意見(オーケストラに関して)だけど、音の厚みや熱気やなんていうか聴衆を音でつつみこむこと、緻密に計算されて構成された楽曲、音に没頭させることに関しては右に出るものがないカテゴリなんではないかと思う。
JAZZ以外でいちばん本格的にやってみたい音楽だ。
ジャズフルートももちろん大大大好きだけど、この天国にいるようなクラシックフルートも捨て難い。そういうふうにも吹いてみたい。

いいねいいね、ガーシュウィンのCDおすすめだよ。
娑婆のケリは娑婆でしかつかない
2005年06月12日 (日) 23:58 * 編集
相変わらず家でぼんやりしていたら、携帯に実家から着信があった。
出てみると、めずらしく父親。
「元気か」
って、まるで最近やってる携帯のCMみたいだった。
わたしがつらいときに、なぜか前触れなくかかってくる電話。
おとうさんと電話しながらぐずぐず泣いた。
「いつでも帰って来い」
「いつでも電話してこい」
一人暮らしをはじめてから何度も言われた言葉だったけれど、今日のわたしにはなんだかすごく胸にひびいた。
眠れないけどおやすみって言って電話を切った。

それから30分くらいして、なぜかすごいハイテンションな母親からも電話がかかってきて
「家から通いなよ!それがいいって!
 お母さん、毎日お弁当もつくってあげるよ!」
と電話口にすごい勢いでまくしたてられた。
もうなんかくるしかったのを忘れて笑ってしまった。
うちから通うとなると往復5時間はかかるし、練習もしなきゃだしそれは無理だよって言ったけど、すごく嬉しかった。

だれもわかってくれない、なんてすねてたけど、
それでも、離れていてもいちばんほしい言葉をくれる人はちゃんといる。
親の愛って偉大だ。



分類
2005年06月11日 (土) 23:22 * 編集
◎好きなこと
・音楽をきくこと
・やみくもに歩くこと
・自転車
・楽器
・活字を読むこと
・裸足
・車の運転(実家のデミオのみ)
・好きな人と話すこと
・病院の匂い
・買い物
・人と眠ること

◎嫌いなこと
・人ごみ
・騒音
・干渉
・媚びられること
・眠れないこと
・掃除
・反復継続
・テレビ
・早起き
・バス
・愛想笑い

嫌いなことのほうが避けて通れないことが多いんな。
毎日はこんなに避け難く嫌なことばかりなのに、それでも日々暮らしているのはたいせつなひとの顔が見たいからかしら。
みんななんで毎日飽きずに暮らしているんだろう。
つまらないと感じるのは、じぶんが楽しみ方を知らないからなんだろうな。
好きなこともたくさんあるのに、つまらないつまらないと思いながら暮らしている自分が可笑しい。

心の支え的なもの・2
2005年06月10日 (金) 23:28 * 編集
g40570uetqzs.jpgGONE WITH GOLSON / BENNY GOLSON

アレンジがすごく好きです。
カーティス・フラーとの2管のクインテットの作品ですが、テーマのアンサンブルがとても気持ちよくて素敵です。
このCDの枯葉演奏すごいいいと思います。

グリフィンのやつもこっちも超名盤で、レビューするの今更って感じなのであんまり書かないですけど、最近この2枚ばっかり聴いてます。いとしいです。
心の支え的なもの
2005年06月10日 (金) 23:27 * 編集
johnny20griffins.jpgTHE CONGREGATION / JOHNNY GRIFFIN

明るい。楽しい!
わたしこの人大好きなのでよく聴くのですが、ワンホーンで朗々と吹いてるこのCDは大のお気に入りです。
アンディ・ウォーホルのジャケットのイラストもおしゃれですね☆

何を思えば
2005年06月09日 (木) 23:23 * 編集
最近目に見えて自分がおちているのがわかる。
久しぶりだ。
数ヶ月前の日記が恥ずかしくて読めないように、今の日記ももうしばらくしたら恥ずかしくて目を通すことも出来ないだろう。

病んでる病んでるって、ネタで言われるのは何とも思わなかったけど、実際病んでるときに他人から「病んでるね」って指摘されるほど情けないことはない。
メンタル系の悩みなんて悩んでる本人にしかとうていわかりっこないし、この頃はわかってもらおうという気も失せてきた。所詮他人の気持ちなんてどんなにかんがえても推測の域を出ることはないし、推測は推測でしかない。
冷たい人間みたいな文章だけど、実際に病んだ妹を見て思ったことだから、自分の中にはかなり確固としたものとしてこの考えはある。
妹がつらかったとき、わたしは大学生になって家を出たばかりで、まいにちが目新しいことの連続で何もかもうまくいきそうなよくわからない自信に満ちあふれていて何もわかってあげられなかった。励ましてるつもりでたくさん傷つけたと思う。
根拠も責任もない励ましは無神経だ。
そんなふうに思い込んで、他人のことばにいちいちかみつくわたしはもっと無神経だとも思う。
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