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退院
2006年03月31日 (金) 23:22 * 編集
本日無事退院しました。

これからは自分自身をいちばん大切に考えていこうと思います。

それは決して自己中に生きていくって意味ではなくて、

大切なひとの支えになること、大切なひとを勇気づけること、大切なひとに喜んでもらうこと

そういうことは自分が心身共に健康でなかったら、逆に自分で自分の首を絞めることになってしまう、というのが入院生活が終わった今の時点でのわたしなりの答えです。

もちろんこの答えはこれからどんな経験をするか、どんなひとに出会うか、そしてそこからどういうことを学ぶのかで変わっていくと思います。

「皆の幸せがチサトの幸せだよ」

ってよく言ってくれたひとがいました。
わたしは幸せそうに楽しそうに笑うちーちゃんからたくさんの元気をわけてもらいました。
それはきっと、ちーちゃん自身がほんとうに幸せそうだったからだと思います。

「皆の幸せがわたしの幸せだよ」

って思えるほどの器は今持ち合わせてないし、自分自身、皆の幸せを祈れるほどの人格者ではないと思うんです。

でも、せめてわたしが元気になった姿を見ただけで心底喜んでくれるひとたちだけは守りたい。もう二度とあんな姿は見せたくない。

そのために自分自身をいちばん大切に生きていこうと思います。


入院七十三日目
2006年03月30日 (木) 16:33 * 編集
やっと正式な退院日が決まりました!明日です(笑)
昨日の回診で先生に「あと1回外泊して…云々」と言われて、えぇー、なぜ!?と思っていたのですが、今日の診察で外泊のことは先生の誤解ということが判明し、無事に明日退院する運びとなりました。

お昼ご飯を食べてからちーちゃんがお菓子を買いに行って、チカさんがハナムケだよって食堂の自販機で〇ミノサプリをわたしとちーちゃんに買ってくれて、〇ミノサプリで乾杯してお菓子を食べながらプチお別れ会をしました。

いろんな縁があって、わたしとちーちゃんと先週退院したおかんと、組長やトヨナガさんやよしくんに、神様は出会わせてくれたんだと思う。それに、先生はもちろん看護婦さんにもたくさんお世話になった。

泣いているわたしのそばに黙って居てくれた人がいてくれたこと、ムッチーが笑ってる顔見たら幸せなんだよって言ってくれた人がいたこと、眠れない夜中に長い間話をきいてくれた看護婦さん、元気になったわたしを心から喜んでくれた両親、大切なひと。

この病院で2カ月半、たくさん泣いたしたくさん笑ったしたくさん考えた。
このことをずっと忘れずに4月からマイペースに頑張る。

それと、会ったこともないのに、ブログに目を通して応援のメッセージくれたひと、ありがとうございました。明日家に帰ったらコメント返信しますねー★
再燃
2006年03月25日 (土) 22:22 * 編集
KAT-TUNのデビューによって、ひた隠してきた亀チャンへの愛が暴発してしまいました。もうこれ以上隠せない。
なにげにさっきmixiで『KAT-TUN』でコミュニティを検索をしたら、出るわ出るわ。そしてみんなキテるわキテるわ。ていうかイッチャッテるわ。

なんて他人のこと馬鹿にできないくらいあたしもかなりきてます。
妄想が暴走。

亀梨む・つ・みウフフなんて妄想をフッと我に返るまでしてしまう。

真剣に亀チャンとどうしたら付き合えるかと考えてしまう。

こんなに亀チャンが大好きなのに、どうして夢でさえ会えないのか悩んでいる。

亀チャンにバッタリ出会えるかもしれないから東京で就職しようか真剣に考えている。
(いや東京で就職ってのはそれ以前から考えてたよ。あたしかて人生の大きな岐路をアイドルで決めるほどアホではない。って言い訳してたらなんか余計必死になってしまってみっともない)

以上のようなことを母親に話したら

「アンタ、家ではそうやって言っとってもかまへんけど外で言うのはやめときぃ」

と忠告された。自分だって光一ヲタのくせにー
あーここに書いちゃったからもう手遅れだねー。アハハーアハハー
mixiでもこっちのブログでも公開しちゃったー。ジギャクダーボケツー



のぁーーこれじゃ中学んときと全く変わってないじゃないか!!
※ちなみに当時は大坂俊介(喫煙現場をすっぱ抜かれて事務所脱退)と小原裕貴(確か大学進学のために事務所脱退?)が好きで好きで、本気で「両方からプロポーズされたらどうしよう」とか考えてた。

弟によると中学まではそういう妄想も可、高校でちょいヤバ、大学生でしかも5回生では完全にイタイコ扱いだそうです。
リアルフェイスとグロリアを着うたにしてるんや~って得意げに言った時の、弟のまるでゴミでもみるかのような顔!







うんでも知ってるんよ。

言われんでも年齢的に叶いそうもない妄想してる自分はキモチワルイって分かってるわ。
雑誌のお気に入りの写真を四苦八苦して撮って加工しながらニヤニヤして待受画面に設定してるあたしはほんまイタイと思うわ。
着うた設定したからメロディが流れ終わるまでメール開かへんのもおかしいと思うわそりゃ。

 


それでも!亀チャンが好きなの!!!
亀チャンがあたしの精神安定剤なの。
亀チャンがあたしの滋養強壮剤なの。
亀チャンがあた(ry


しかしだな、入院患者さんの友達で、河村隆一を愛するがあまり日本全国を飛び回っているうちに鬱が治ったという貴重な報告もなされている。 精神安定剤は強ち嘘でもないかもしれない。
あたしも亀チャン追いかけてたら治るかもしれないじゃない??

ていうかわたしのジャニ好きは絶対環境だと思う。
うちの母親はジャニーズ事務所設立当初から何かとジャニーズのタレントにハマってたはずだ。あたしが知ってるだけでもフォーリーブス、トシちゃん、堂本光一。掘り返せばまだいるはずだっ!


あかん…今は何書いても亀亀亀亀やわ。
今日のとこはこのへんでやめとこ。寝よ。
試験外泊その② 1日目
2006年03月25日 (土) 15:24 * 編集
病院でおかんとひとまずのお別れに「バイバイ」、じゃなくて「またね」って言って、家に帰ってきました。おかん泣き虫やから泣いてた。
つられてわたしも泣きそうになったけど耐えた。

明日は京都で一泊して、次の日ガイダンスに出て京都から帰宅、晩ごはんを食べてから病院に戻る予定。
京都でよっぽどの異変を起こさなかったら来週の水曜日の回診か木曜日の診察で正式に31日の退院が決まるはず。
京都で一人になるのはずいぶん久しぶりになるから少し心配だけど、今のわたしだったら大丈夫やと思います。はい。
わたしの外泊が25~27日で、ちーちゃんの外泊が27~29日やから実質ちーちゃんと同じ屋根の下で過ごすのはあと1日しかない…
春は出会いと別れの季節やなぁ、としみじみ。

そんなしみじみを抱えつつ、WAY(TSUTAYAグループのレンタルビデオ屋さん。どうでもいいけど毎回接客態度がびっくりするほど悪いことをここに記しておきます。)でKAT-TUNのシングルを買ってきましたー
ほんとはシングルとアルバムとDVDがセットになってるやつが欲しかったけど、それは6600円、わたしの財布の中身は4000円…。アルバムは入荷待ちの状態。なので仕方なく初回版のシングルだけ買って帰りました。

この初回版、どうやらジャケットのメンバーの並びに違いがあるようでくじ引きさせられました。残念ながら田口がセンターのくじでした。亀チャンセンターのジャケットが欲しかったのに。(田口くんファンの人すごくごめんなさい)お店で「ヤダァ!亀チャンじゃなきゃヤダァ!!」と暴れてみようと思ったけどそこは、まっ中身は全部一緒なんだからいっか~と自分に言い聞かせてぐっと堪えました。わたしも一応大人なので。
でもこれ、ほんとお目当てのメンバーが出るまで何枚も買うひと絶対いるよなぁ…と思うとジャニーズ事務所のケチ、と思いました。実際わたしももう1枚ぐらいひこうか、それとも通常版も買うか迷ってしまった。アルバムにシングル曲入れてないしね。そうしたらファンは必然的にアルバム+シングルを買わざるを得なくて事務所(゚д゚)ウマー
アルバム+シングル+DVDをバラで買って、さらにセットのやつを買うひとも絶対いると思うし。あーほんとせっこいなぁ。
でもまんまとその罠にはまりそうな自分がいます。あーあー。気をつけなくては。ただでさえ入院で親にさんざん迷惑かけているのに大事なお金を全てKAT-TUNに費やすのはほんまにアホやと思うしな。この辺まだ理性が残っててよかったよかった。
それにしてもジャニーズ事務所がここまで大々的にプッシュして売り出すグループって珍しい。イロメロ(着メロ・着うたサイト)のCMもスカパーのCMもあと目薬のCMとかリップクリームのCMとか、ゴールデンタイムにレギュラーで出てるとか。明らかに他のグループよりデビュー前からの露出が多い。
あ、でも単に自分が元々KAT-TUNが好きでちょくちょくチェックしてたのと、ほとんど他のグループに興味なかったからそう思うのかもしれない。

そんなわけで数年ぶりにjazz以外のCDを買いました。
夕方に妹とカラオケ行くからさっそく歌ってきます。

ポ○ロというアイドル雑誌に載ってる(雑誌を買ったのは母である、念の為。)アップの亀チャンを携帯のカメラで撮ってオリジナル待受画面をつくってご満悦のわたしでした。何やってんだろほんと…。

ついこの間までユセフ・ラティーフの待受画面で流れる着信音も全部jazzだったのに、なんかいつの間にか着信音はリアルフェイスとグロリアで待受は亀チャンになってしまった。
入院六十八日目
2006年03月24日 (金) 22:15 * 編集
明日おかんが退院する。
当たり前みたいに居た人との別れにすごく弱いわたしはやっぱり泣いてしまった。
おかんは15も歳の離れたわたしのことを、時に同じ目線で話してくれた。時に親として話してくれた。時に女同士として話してくれた。
そんなおかんの笑顔が大好き。

これから残りの人生からしたら、この病院でおかんと過ごしたことはほんの一瞬のことかもしれない。
でも、この病院で立ち止まって周りを見渡したり、過去を振り返ったり、将来を見据えたりしたときにいつもおかんが居てくれた。ちーちゃんも居てくれた。
そのおかんとも明日の朝でお別れ。
ちーちゃんとも来週にお別れ。
わたしもおかんもちーちゃんも、これからみんなそれぞれの道を歩いていく。
お別れは淋しいけど、自分の道を歩いていくためには必要なこと。
だけど、ここでお別れしてもわたしたちのつながりはきっと消えない。
前を向いて歩いていくかぎり。

おかん、ひとまずバイバイ。
しばらくしたら一緒に亀ちゃん見に行こうね。
入院六十四日目
2006年03月20日 (月) 21:21 * 編集
本当に他人のためをおもって泣けるんだなぁと思った1日。
もう週末はおかんの退院。わたしたちみんな、地理的には離れ離れになるけれど、この病院で出会ったことは、きっとずっと忘れない。

わたしの退院は25~27日まで家と京都で1泊ずつ外泊してから主治医と相談して、31日になる予定。

春休み中ずっと入院なんてそんなの耐えられない、と思っていたけど、あと2週間きってることを考えるとあっという間だった。
あと5回、ここでお風呂入って、あと5回、回診受けて、あと2回、診察受けたら退院。
病院を出ることは正直不安も大きいけれど、今のわたしでどこまでいけるか楽しみでもある。
入院六十一日目
2006年03月17日 (金) 21:45 * 編集
おかん(と病院で呼んでるひと。実の母は母ちゃん)の退院日が決まった。うれしいことだけど少し淋しい。一応わたしの退院予定もおかんと同じ日なのだけど、まだ確定していない。25日か、3月いっぱい。どちらにしろ4月3日のオーネット来日までには退院するのだ!

今日は晩ごはんを食べた後、仲良し患者さんどうしでリスカしてた時期について話していた。
わたしは、あるひとがわたしの傷だらけの左腕を見て「むっちゃんが必死で生きようとした証やから全然汚くない」と言って傷あとを撫でてくれたのを思い出してすごく泣いてしまった。
自責と口に出せないSOSをカッターナイフで誤魔化そうとしていた。痛くなんてなかった。むしろ、何でその行為が否定されるものなのかわからなかった。だから、真夏でも隠すこともしていなかった。

今でも残る傷あと。
たぶん、当分の間、もしかしたら一生消えない傷あと。

『血を流して痛いのはわたしだけ。自分のからだに何をしても勝手。』
そんな馬鹿な。わたしの傷を見て傷ついたひとがいる。悔しがったひとがいる。悲しんだひとがいる。
それを何もわかっていなかった。
でも今ならわかる。わたしなりに。
わたしを大切に思ってくれるひとにとって、わたしの傷はそのひとの傷と同じ。
わたしを大切に思ってくれるひとにとって、わたしの痛みはそのひとの痛みと同じ。
もう二度とたいせつなひとを、こんなくだらないことで傷つけたくない。

話していたわたしたち3人とも、同じ気持ちだと思う。

つけてしまった傷は消えないけれど、わたしが元通り元気に笑っていることで誰かが元気になってくれるような人間になりたい。

リスカ、大量服薬、卒業しました。
入院五十九日目&六十日目
2006年03月16日 (木) 15:51 * 編集
五十九日目
髪の毛があまりに伸び放題でもっさかったけど、京都戻ってから馴染みの美容院に行こうとしていた。が、ついに耐えきれず、津高のすぐそばのジュジュルというお店ででカットしてきた。久しぶりにお化粧したのもあって、病院に戻ってから、わー雰囲気変わったねーとか色々褒められて上機嫌だった。
そのジュジュルってお店、グラフィックデザイナーのおばが看板とかのデザインやって、おばの同級生の建築士さんが設計、美容師さんもおばの同級生という、熱い友情(?)からうまれた美容院なんだって。
すごいなぁ。。
わたしはまず、今現在の人間関係を維持するのに必死なのに。誰かと共同作業で何かをつくりあげるなんて考えられないわ。
音楽は、空気を振動させて心を揺さ振ることはできても、生涯同じ音楽をそこに物質として持続させるのは無理だ。

****************

六十日目
あぁもう入院して2ヵ月かぁ。一日一日は長かったけど、振り返ってみたらあっと言う間だった。
毎日毎日、一日が終わるたび考えさせられる出来事が多かった。
人生でそう何人も出会えることがないだろう、こっちが心配になるほど優しくて、信じられないくらい純粋なふたりに出会えた。これはわたしの人生の宝物だと思う。
ふたりと話しているといつも身勝手な自分が情けなくなることがたくさんあった。でもそんな身勝手なわたしの存在を、ふたりは認めてくれた。
そろそろ退院も近くて感傷的になってきた。
天気のせいか腰の調子が悪いー。痛いー。
入院五十八日目
2006年03月14日 (火) 13:39 * 編集
毎朝看護婦さんの手を煩わせ、ギリギリで朝食をかきこむか、タイムリミットがきて朝食食いっぱぐれ、たのむから薬だけでも飲んでぇと揺り起こされるわたしが今日は自主的に起きました!そろそろ退院やし、いつまでもここの生活リズムのままじゃ授業にも出られんし(それは即ち2留を意味する)、っていうわけで今朝は7時にちゃんと起きました。でも午前中って特にすることないんよね。今日はお風呂の日やからまだいいけど。
いろんなひとから
どうしたん今日は!?
えらい早いやん!
もしかして寝られんくて徹夜?
だから3月やのに雪降ってるん?!(今日は降ってません(`´)と思ったらけっこう降ってきたぁ)
と言われました。わりとよく話したりするひとたちからは完全にわたしは寝坊するもんやと思われています。実際そうやし何も言えない…
さっき「さ~これがいつまで続くかな??」って言われたのが痛いとこ突かれた感じ。
だって自分でも退院まで続ける自信ないんだもの…。
せめて三日坊主やったねと言われるために、三日は続けたいものです。
千里の道も一歩からです。
目標は最初は低くていいんです。
徐々にで そう徐々にでいいからもっと重たいもの持てるよ、と吉井和哉もうたっています。
トブヨウニ。
入院五十七日目
2006年03月13日 (月) 21:15 * 編集
患者さん友達のひとりが滋賀の病院に今朝旅立ち、八ツ橋をお土産に買ってきてくれたのはいいが、頂きすぎてちょっと胸やけしています。

昨日の晩あまりに恐ろしい妄想にとりつかれて思わず親に電話をして、いらぬ心配をかけてしまった。
今日は仕事&歯医者帰りの父が病院にきてくれて、電話をしたときの心境をたくさん聞いてくれて、その後母にも電話をして昨日のことを謝った。父も母も、これからは入院してるんだからそういうことがあったらまず夜勤の看護婦さんに話して、それでも落ち着かなかったらいつでも電話しておいで、と言ってくれた。
嬉しかったし、かなり落ち着いた。やっぱり親のひとことは大きいし、顔を見るだけで察してくれたようでやっぱり親ってすごいなぁと思った。

母情報でHEY!HEY!HEY!にKAT-TUNが出ると知って、友達といっしょに見ていた。二日続けて亀ちゃんに会えて胸キュン☆彡退院したらCDやさんに走るぞー!!
試験外泊 3&入院五十六日目
2006年03月12日 (日) 21:27 * 編集
試験外泊がおわりましたー。
やっぱり家は落ち着くし、楽しい。いつかぜったいわたしも家庭をもちたいなーって改めて思いました。
試験外泊といっても家ではほとんど寝てました。でも病院と違って、変な緊張感はないしぼへーっと過ごしてかなり落ち着きました。
今日はおばあちゃんの命日だったのでお墓参りにいきました。多分おばあちゃんが死んで、20年くらいになるのにわたしは3月12日がおばあちゃんの命日っていうのんをずっと知りませんでした…。今日ちゃんと覚えてたのは妹。えらいですね。
でもわたしやったら命日じゃなくて誕生日をずっと覚えててほしいなーってちらりと思ったり。

夜病院に戻ったらメールの返事が遅いと怒られました。だってほとんど寝てたんだもん…ごめん。
そのあとは毎週日曜お楽しみの歌笑!今日はKAT-TUNの新曲ライブでハートをやられました。KAT-TUN結成前の秘蔵映像見ながら懐かしんで、あぁ、みんな大人になったねとか思いながら。
ジャニーズのファンってこれだからやめられないんだと思う。お気に入りの子を見つけて、その子の成長をデビュー前からリアルタイムで見守れるという。しかもついにデビューときたら感動もひとしおなのです。
そんなわけでわたしはジャニーズのタレントさんが大好きです。はい。
馬鹿にされてもいいです別に。
歌笑の放送は4月16日までないらしく、これから日曜に何を楽しみに過ごせばいいのかわかりません!
試験外泊 2
2006年03月11日 (土) 22:29 * 編集
すっごい寝て過ごした。
ほんとに春から普通に生活できるのか不安になった。
そしてDrにもなんとなく不信感が湧いてきた。
普通、病院で薬出すときってこれこれこういう薬で場合によっちゃこういう副作用も出るのでもし出たら言ってください副作用止めの薬出しますし、それか薬の種類変えますしって説明あるじゃあないですか。
そんな説明1回もされたことないし、ある日突然薬が増えてたり種類が変わってたりすることもザラ。
あんまり薬の相談すると「薬にこだわるやつは治りが遅い」って言われるしまつ・・・
インフォームド・コンセントってどこいったんですか?

とりあえず自分で飲んでる薬を調べてみたところ、動悸も副作用に入ってた。じゃあわざわざ心電図取った意味って何よ・・・?

しかも自分が真剣に悩んでやっと答えたことを鼻で笑われたり。
くっそー絶対一言文句言ってから退院してやる!!
まぁ文句言う元気まで出てきたんやからええことやね、と思うようにしとく。

今日はもちろん行けなかったんだけど部の追いコンだった。
留年するわたしには関係ないけどさぁー。
当たり前のように居た同級生がすこんといなくなるのは寂しい。
もっとたくさん話したかったしいろんなとこ遊びに行きたかった。
まだまだ時間はあると思ってたのに、時間の流れは思ってたよりずっと早かった。
わたしも惜しまれつつ去り行く卒業生になりたいものです。
今の時点であいつまだいるのかよーとか思われてるかもしれないけど
試験外泊 1
2006年03月10日 (金) 19:23 * 編集
試されてるのか実家に帰ることを!?
今日から先生の指示で多分リハビリも兼ねた2泊3日の外泊で、病院をひっさびさに離れて実家に居ます。PC触るのも久し振りです。
今までブログにコメントくださった方、ありがとうございます。
近い日にちのは返せたのですが、あんまり入院したての頃まで遡ると、書いた自分でもそのときの心境・意図がよくわからず返せず終いです。ごめんなさい。
それでもこのブログに足を運んでさらに目を通してくれているひと、ありがとうございます。

そういうわけで入院当初からのわたしを振り返って入院一日目と題した日記から今までのをざーっと目を通したのですが、やっぱり私変わったと思う。多分いい方に。
最初の頃はほんとに今すぐにやりたいことや、会いたいひとが多すぎて多すぎて、京都に戻りたくて戻りたくて仕方なかった。
正直、なんでわたしの時間の使い方まで親に決められなきゃいけないの?
って思っていた。
でも多分あのまま春休み中ずっと京都に居たら多分もうダメになってた。もう1月にODしたときが限界だったんだ。
今まで当たり前のようにあったものが終わって、さぁ、これからは自分でちゃんと管理して、目の前に目標掲げてがんばりましょうね、って考えたときに、わたしには思い出しか残ってなかった。
とてもじゃないけどその思い出を糧に、これから卒業のこと、卒業後の将来のことを考えようって力は残っていなかった。(DQでいうとHPは黄色、MPもホイミ1回分くらい、しかも『じょうたい』が『こんらん』、或いは『どく』、みたいな。わかりやすいっしょ。)

はっきり言って今もわたしの病気が完全に治ったとは思っていない。
でも病気をハンデにして試合に臨むことはしたくない。
試合に負けたときに「ほら、あたし病気だから」っていうのを言い訳にはしたくない。
それでもだめならまたやり直せばいい。
病気と闘って得たもの、それは健常者のひとにはわからないことだし、苦しんだ自分だからこそ理解できることが世の中にはたくさんあるはずだ。
自分で落ちたら自力で這い上がる。
入院五十一日目
2006年03月07日 (火) 22:57 * 編集
この3日くらい、腰が痛いです腰が痛いですとにかく腰が痛いんですと看護婦さんに訴え続けた成果か、午前中に先生が腰の痛いところに電気(低周波?よくわからん)マッサージをするためのポイントを打ちにきてくれました。
背中の下の方からお尻の上らへん、背骨を挟んで左右に油性マジックで4箇所、印をつけられました。4ツ星です。とりあえずお風呂のときちーちゃんに見せびらかしました。
午後になってそのピリピリマッサージを受け、一時は快方に向かおうかと思いきや時間が経つにつれてまたも襲い掛かる腰痛。やっぱり1回やったくらいじゃ治らないわよね、と自分に言い聞かせ、再び湿布を貼ってもらいました。もう冷やしたらええか温めた方がラクなのかもよくわかりません。
うぅ…でも昨日の晩よりかはましになっているような(気がする)。

それともう一つわたしを悩ませるヤツが。
もうヤツとは10年来の付き合いになります。腐れ縁とでもいいましょうか。春先に何も言わずやってきて、わたしをさんざん傷つけた挙げ句、GWの頃には詫びのひとつもいれず去ってゆくスギ花粉。
くしゃみで春がきたのがわかりますよー。
鼻がむずむずして目がしょぼしょぼして、仕舞いにはなんかもう顔じゅうが痒くなってきたらもう春本番ですよー。
ベッドに入ってこの日記を書いている今まさに、右の鼻が詰まっているのに垂れてきて、目が痒いです。

鬱も腰痛も花粉症も、所詮なったことあるひとにしかこの辛さはわかってもらえないんだー!!ウワーン

というわけでもう春なんですね。

病院にひきこもりっきりでも、季節の移ろいを感じています。

そういえばかなり余談ですが、去年の春合宿に通常より柔らか素材のティッシュを箱ごと持って行って、箱面(漢字で書くものなんかなー、ビッグバンド最前列のサックス隊に与えられる箱型譜面台です。)の下に常備し、唾抜き用として置かれている大きめの灰皿を鼻をかんだティッシュで山盛りにし、休憩時間のたびに灰皿いっぱいのティッシュをごみ箱に捨てに行ってたのを思い出しました。
あれからもう1年が経つのか。まだ1年しか経ってないのか。
そんなことは窺い知るところではございませんが、日々楽器の練習をしてても、ガリ勉してても、仕事に追われてても、祇園で大豪遊してても、病院のベッドに横になっていても、苦しくても、泣いていても、笑っていても、当たり前のように月日は皆平等に流れてゆきます。

当たり前で平等のようで、
それでも、誰かがなにげなく過ごしたいちにちが、誰かが必死に生きることを求めて、それでも叶わなかったいちにちかもしれません。

腰痛からえらく話が飛躍したけど、そんなこと考えつつおやすみなさい。

どうかわたしも含めた皆の明日が、笑って過ごせるいちにちでありますように。
入院五十日目
2006年03月06日 (月) 21:03 * 編集
なんでもいいけど腰が痛い。
入院四十九日目
2006年03月05日 (日) 21:15 * 編集
とうとう和式トイレで用が足せないほど腰痛がひどくなってまいりました。来週には整形外科に行きます(;д;)

今日は暇でした。日曜日は暇なんです。先週も書いた気がするけど亀ちゃん見るためのウタワラだけが楽しみです。今日は亀ちゃんソロ場面があって最高でした。来週はいよいよデビューシングルの発表です。楽しみです。
おやすみなさい
入院四十八日目
2006年03月04日 (土) 21:27 * 編集
今日は午後から診察があった。入院したばかりの頃にやった心理テストの結果を見ながら自分の性格や傾向を先生とみていった。
結果は10打数9安打くらい。かなり細かくおもしろいほど自分の性格傾向についてわかった。心理テストって不思議やな~。
あとはいよいよ今月末退院なのでその話を少々。病院から出て家へ帰ることで情緒の安定性を見るために、いちど2泊3日で外泊をすることになった。来週末は2泊3日でおうちに帰りまーす。
その結果によって退院日を調整するみたいだ。

それにしても。今日は誰っからもメールも電話もなかった。一回家に外泊のことを伝えるために電話を入れただけだった。
もはやアラームにしか使用されないこの携帯。かわいそう。
入院四十七日目
2006年03月03日 (金) 13:24 * 編集
あかりをつけましょぼんぼりに
おはなをあげましょもものはな

こんな寒いのに桃の花なんて咲くかいなと思っていたら窓から見える紅梅は満開に近づいています。寒さが億劫で、しょっちゅう行ってたお散歩も最近はぜんぜん行かずに、障子を閉めきったまま部屋でぼんやりしたりほかの入院患者さんたちとだべったりしていました。
それが今日、久々に障子をあけてみると、枯れ枝は確実に色づきはじめていました。
季節はめぐる。
止まっていても時間は過ぎる。
お彼岸が過ぎて桜の咲き始める時期に多分あたしは退院。

回診で先生に
「どうや、生きる希望は湧いてきたか」
ときかれて
「ばっちり湧いてます」
と答えた。
そりゃあ不安はたくさんあるけれど、戻ってしなければならないこと、ハードル、壁、はたくさんあるけれど、向かっていかなきゃいけないのよそこに。いつまでもここでぬくぬく過ごしてるわけにはいかないのよ。
入院四十六日目
2006年03月02日 (木) 21:12 * 編集
ここ1週間ちょいくらいどきどきそわそわが止まらない。何かしら。救心でも必要かしら。明日は回診だから先生にきいてみる。

この病院は外来がお休みの木曜か土曜の朝からだいたい夕方にかけて入院患者の診察がある。今日は診察ないねーとか昼間話してたのに、夕食後に急遽診察があるときかされてみんなそれぞれの部屋に戻っていった。(順番がくると内線が鳴っておしえてくれる。)わたしは今日あるかないかぐらいの順番なのでストレッチしながら電話を待っていた。ストレッチとか筋トレとかしてると疲れて心臓がばくばくしてくるけど意味不明に動悸が激しいよりかはましなのでヨイ。
洗面台の前に上半身まっぱで立つと腹筋がいい感じに締まってきてて嬉しかった。退院するまでがんばろーっと。
結局、今夜の診察はなかったから土曜の朝一くらいに呼ばれそうで不安。ねむいんやもーん。
入院四十五日目
2006年03月01日 (水) 21:56 * 編集
今日はみんなのお通じについて語り合い深刻になり、また笑った。
ここの友達はあまりお通じがよくないらしく、しょっちゅうゲリピーやベンピーで悩んでいる。不腸スパイラルだ。かわいそうに。たぶん薬の副作用のせいであろう。わたしもここに入院してしばらくの間は、薬が急にかわったのもあってベンピーでよく悩んだものだ。今は毎食後の薬に消化剤や整腸剤入りの粉薬(まずい・臭い・飲みにくい)が追加され、安定したお通じを保っている。好いことである。
三環系のお薬がベンピーになりやすいんだったっけ。入院前は新薬のSSRIだったかSNRIだったかを飲んでいたのでこれといった副作用はわたしにはなかった。しかし、いずれは退院することだし、もしもこの追加された粉薬無しになったとき、わたしは自力でこの子たちを産み出すことができるのだろうか。甚だ不安である。

美しくない話を長々としてしまった。

今日はカウンセリングがあったのだが、もうカウンセリングしてもらうネタも尽きてきて困っている。今って別に卒業できるかなーってくらいしか不安といった不安はない。
卒業できないのは病気のせいだから不可抗力もあるけれど、体調管理がゆきとどかなかった自己責任もあるわけだし仕方ない。
まぁなんとかなるだろう。
しかし、今までの人生の殆どを『ギリギリになればなんとかなる(期限ギリギリまで行動できない)』で過ごしてきたが、大学の単位の履修までその癖(ってかギリギリって期限すぎてるやん、5年め突入するやん)が抜けなかったのは遺憾である。
大学の卒業と共に『ギリギリになればなんとかなる(期限ギリギリまで行動できない)』という考えも卒業したいものである。

今夜は風が強い。踏み切りや電車の通る音まで風に乗ってきこえてくる。

明日はお風呂~♪
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